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[2]日本での経過

アープ・トーマス博士の親友である小森丈輔氏は、合衆国に約20年間も滞在していた。小森氏は、岩井鐵三氏の母の従兄であったが、とくに岩井氏を可愛がり、岩井氏も常に伯父さんと呼んでいた。

小森氏は日本に帰国するに当たりトーマス博士の勧めにより、トーマスバクテリアを大量に輸入し、アープ研究所を新しく増築しました。

小森氏は帰国後、大正14年(1925年)頃よりバクテリアの販売のために、北は青森から、南は九州方面までバクテリアを使用しての堆肥作りの説明に行脚した。そして、バクテリアを堆肥に使用した農家は、優良作物の増収の結果に驚き、農家から感謝状が山積みされた。

しかしながら、昭和の初期より日米間の物質の交流が減少し昭和5年(1930年)頃には貿易は殆ど途絶し、バクテリアの入手も出来なくなり販売不可能となった。やがて終戦を迎え、マッカーサー元師の統治の時代を迎えた。小森氏は、親しくしていたマッカーサー司令官の要人より日本政府に対して、田畑の荒廃をトーマスバクテリアの力を利用して、土壌の回復を計ることを伝えるよう要請された。

しかし、日本政府は農林省と相談の結果、日本にも適当なる資材があると拒否し、司令部の申し込みを円滑に辞退した。

当時わが国に於ては、化学肥料製造会社の再建途上であり仕方なかったのであったが、今日の状態を思えば、真に残念であった。

初代アープ・トーマス博士も小森氏も故人となった。晩年の小森氏は、常に岩井氏を叱咤(しった)しながら、バクテリアの事に関しては、一切を岩井氏に委任していた。その後、2世アープ・トーマス氏との文通が始まり、昭和50年(1975年)4月に岩井氏は、渡米してトーマスバクテリアの日本国内の独占販売権とトーマスダイゼスターマシーンの製造権の契約をカルフォルニア州で有名なロバートギブソン法律事務所で契約を締結した。

以後、バクテリアを輸入し、培養・販売に取り組み努力したが、当時日本の農業は、化学肥料の万能時代であり地力を造るバクテリア利用の有機農法は、無視された。そのためバクテリア利用は、進展せず結果として経済的理由もあり、アメリカからの輸入も3年ももたずに中止となり、輸入権も自動的に無効となった。その後、永年トーマスバクテリアの利用研究のみを試みていた(曽田)の処に、元権利者の岩井氏より、2世アープ・トーマス氏の体調悪化(慢性疾患)と老体を理由に、日本側に権利を譲渡しても良いとの話が持ち上がってきました。
私(曽田)は、日本の農業また、環境問題に取り組む信念で再々に渡り、2世との交渉の結果、全ての権利(種子菌・培養方法・国際権利など)の獲得に成功した。現在、アープ・トーマス曽田研究所を設立し、農業及び環境問題にトーマスバクテリアを主軸とした研究に専念している次第であります。私(曽田)は、日本の農業また、環境問題に取り組む信念で再々に渡り、2世との交渉の結果、全ての権利(種子菌・培養方法・国際権利など)の獲得に成功した。
現在、アープ・トーマス曽田研究所を設立し、農業及び環境問題にトーマスバクテリアを主軸とした研究に専念している次第であります。

1996年 アープ・トーマス曽田研究所
研究所所長 曽田 陽彦

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